Текст книги "不思議の国のアリス (Alice’s Adventures in Wonderland)"
Автор книги: Lewis Carroll
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5. いもむしの忠告
いもむしとアリスは、しばらくだまっておたがいを見つめていました。とうとういもむしが、口から水パイプをとって、めんどうくさそうな、ねむたい声で呼びかけてきました。
「あんた、だれ?」といもむしが言います。
これは会話の出だしとしては、あんまり気乗りするものじゃありません。アリスは、ちょっともじもじしながら答えました。「あ、あ、あの、あまりよくわかんないんです、いまのところ― ―少なくとも、けさ起きたときには、自分がだれだったかはわかってたんですけど、でもそれからあたし、何回か変わったみたいで」
「そりゃいったいどういうことだね」といもむしはきびしい声で申します。「自分の言いたいことも言えんのか!」
アリスは言いました。「はい、自分の言いたいことが言えないんです。だってあたし、自分じゃないんですもん、ね?」
「『ね?』じゃない」といもむしが言います。
「これでもせいいっぱいの説明なんです」とアリスはとてもれいぎ正しくこたえました。「なぜって、自分でもわけがわからないし、一日でこんなに大きさがいろいろかわると、すごく頭がこんがらがるんです」
「がらないね」といもむし。
「まあ、あなたはそういうふうには感じてらっしゃらないかもしれないけれど、でもいずれサナギになって― ―だっていつかなるんですからね― ―それからチョウチョになったら、たぶんきみょうな気分になると思うんですけど。思いません?」
「ちっとも」といもむし。
「じゃあまあ、あなたの感じかたはちがうかもしれませんけれど、でもあたしとして言えるのは、あたしにはすごくきみょうな感じだってことです」
「あんた、か!」といもむしはバカにしたように言いました。「あんた、だれ?」
これで話がふりだしにもどりました。アリスは、いもむしがずいぶんとみじかい返事しかしないので、ちょっと頭にきました。そこでむねをはって、とてもおもおもしく言いました。「思うんですけれど、あなたもご自分のことをまず話してくださらないと」
「どうして?」といもむし。
これまたなやましい質問です。そしてアリスはいい理由を考えつかなかったし、いもむしもずいぶんときげんがよくないようだったので、あっちにいくことにしました。
「もどっといで!」といもむしがうしろからよびかけました。「だいじな話があるんじゃ!」
これはどうも、なかなか期待できそうです。そこでアリスは向きをかえると、またもどってきました。
「カッカするな」といもむし。
「それだけ?」とアリスは、はらがたつのをひっしでおさえて言いました。
「いや」といもむし。
じゃあまちましょうか、とアリスは思いました。ほかにすることもなかったし、それにホントに聞くねうちのあることを言ってくれるかもしれないじゃないですか。何分か、いもむしはなにも言わずに水パイプをふかしているだけでしたが、とうとううで組みをといて、パイプを口からだすと言いました。「で、自分が変わったと思うんだって?」
「ええ、どうもそうなんです。むかしみたいにいろんなことがおもいだせなくて― ―それに十分と同じ大きさでいられないんです!」
「おもいだせないって、どんなこと?」といもむし。
「ええ、『えらい小さなハチさん』を暗唱しようとしたんですけれど、ぜんぜんちがったものになっちゃったんです!」アリスはゆううつな声でこたえました。
「『ウィリアム父さんお歳をめして』を暗唱してみぃ」といもむし。
アリスはうでを組んで、暗唱をはじめました。
* * * * *
『ウィリアム父さんお歳をめして』とお若い人が言いました。
『かみもとっくにまっ白だ。
なのにがんこにさか立ちざんまい― ―
そんなお歳でだいじょうぶ?』
ウィリアム父さん、息子にこたえ、
『わかい頃にはさかだちすると、
脳みそはかいがこわかった。こわれる脳などないとわかったいまは、
なんどもなんどもやらいでか!』
『ウィリアム父さんお歳をめして』とお若い人、
『これはさっきも言ったけど。そして異様(いよう)なデブちんだ。
なのに戸口でばくてんを― ―
いったいどういうわけですかい?』
老人、グレーの巻き毛をゆする。
『わかい頃にはこの軟膏(なんこう)で
手足をきちんとととのえた。
一箱一シリングで買わんかね?』
『ウィリアム父さんお歳をめして』とお若い人、
『あごも弱ってあぶらみしかかめぬ
なのにガチョウを骨、くちばしまでペロリ― ―
いったいどうすりゃそんなこと?』
父さんが言うことにゃ
『わかい頃には法律まなび
すべてを女房と口論三昧
それであごに筋肉ついて、それが一生保ったのよ』
『ウィリアム父さんお歳をめして』とお若い人、
『目だって前より弱ったはずだ
なのに鼻のてっぺんにウナギをたてる― ―
いったいなぜにそんなに器用?』
『質問三つこたえたら、もうたくさん』と
お父さん。『なにを気取ってやがるんだ!
日がなそんなのきいてられっか!
失せろ、さもなきゃ階段からけり落とす!』
* * * * *
「いまのはまちがっとるなあ」といもむしは申しました。
「完全には正しくないです、やっぱり」とアリスは、ちぢこまって言いました。「ことばがところどころで変わっちゃってます」
「最初っから最後まで、まちがいどおしじゃ」といもむしは決めつけるように言って、また数分ほど沈黙(ちんもく)がつづきました。
まずいもむしが口をひらきました。
「どんな大きさになりたいね?」とそいつがたずねます。
「あ、大きさはべつにどうでもいいんです」とアリスはいそいでへんじをしました。「ただ、こんなにしょっちゅう大きさが変わるのがいやなだけなんです、ね?」
「『ね?』じゃない」といもむしが言います。
アリスはなにも言いませんでした。生まれてこのかた、こんなに茶々を入れられたのははじめてでした。だんだん頭にきはじめてるのがわかります。
「それでいまは満足なの?」といもむしが言いました。
「まあ、もしなんでしたら、もうちょっと大きくはなりたいです。身長8センチだと、ちょっとやりきれないんですもの」
「じつによろしい身長だぞ、それは!」といもむしは怒ったようにいいながら、まっすぐたちあがってみせました(ちょうど身長8センチでした)。
「でもあたしはなれてないんですもん!」とかわいそうなアリスは、あわれっぽくうったえました。そしてこう思いました。「まったくこの生き物たち、どうしてこうすぐに怒るんだろ!」
「いずれなれる」といもむしは、水パイプを口にもどして、またふかしはじめました。
アリスはこんどは、いもむしがまたしゃべる気になるまで、じっとがまんしてまっていました。一分かそこらすると、いもむしは水パイプを口からだして、一、二回あくびをすると、みぶるいしました。それからキノコをおりて、草のなかにはいこんでいってしまいました。そしてそのとき、あっさりこう言いました。「片側でせがのびるし、反対側でせがちぢむ」
「片側って、なんの? 反対側って、なんの?」とアリスは、頭のなかで考えました。
「キノコの」といもむしが、まるでアリスがいまの質問を声にだしたかのように言いました。そしてつぎのしゅんかん、見えなくなっていました。
アリスは、しばらく考えこんでキノコをながめていました。どっちがその両側になるのか、わからなかったのです。キノコは完全にまん丸で、アリスはこれがとてもむずかしい問題だな、と思いました。でもとうとう、おもいっきりキノコのまわりに両手をのばして、左右の手でそれぞれキノコのはしっこをむしりとりました。
「さて、これでどっちがどっちかな?」とアリスはつぶやき、右手のかけらをちょっとかじって、どうなるかためしてみました。つぎのしゅんかん、あごの下にすごい一げきをくらってしまいました。あごが足にぶつかったのです!
いきなり変わったので、アリスはえらくおびえましたが、すごいいきおいでちぢんでいたので、これはぼやぼやしてられない、と思いました。そこですぐに、もう片方をたべる作業にかかりました。なにせあごが足にぴったりおしつけられていて、ほとんど口があけられません。でもなんとかやりとげて、左手のかけらをなんとかのみこみました。
* * * * *
* * * *
* * * * *
「わーい、やっと頭が自由になった!」とアリスはうれしそうにいいましたが、それはいっしゅんでおどろきにかわりました。自分のかたがどこにも見つからないのです。見おろしても見えるのは、すさまじいながさの首で、それはまるではるか下のほうにある緑のはっぱの海から、ツルみたいにのびています。
「あのみどりのものは、いったいぜんたいなにかしら? それとあたしのかたはいったいどこ?それにかわいそうな手、どうして見えないのよ!」こう言いながらも、アリスは手を動かしていましたが、でもなにも変わりません。ずっと遠くのみどりのはっぱが、ちょっとガサガサするだけです。
手を頭のほうにもってくるのはぜつぼうてきだったので、頭のほうを手までおろそうとしてみました。するとうれしいことに、首はいろんな方向に、ヘビみたいにらくらくと曲がるじゃないですか。ちょうど首をゆうびにくねくねとうまく曲げて、はっぱの中にとびこもうとしました。そのはっぱは、実はさっきまでうろうろしていた森の木のてっぺんにすぎませんでした。するとそのとき、するどいシューっという音がして、アリスはあわてて顔をひっこめました。おっきなハトが顔にとびかかってきて、つばさでアリスをぼかすかなぐっています。
「ヘビめ!」とハトがさけびました。
「だれがヘビよ!」とアリスは怒って言いました。「ほっといて!」
「やっぱりヘビじゃないか!」とハトはくりかえしましたが、こんどはちょっと元気がなくて、なんだか泣いてるみたいでした。「なにもかもためしてみたのに、こいつらどうしても気がすまないんだからね!」
「なんのお話だか、まるでさっぱり」とアリス。
「木の根っこもためして、川岸もためして、生けがきもためしてみたのに」とハトはアリスにおかまいなしにつづけます。「でもあのヘビどもときたら、いっこうにお気にめさない!」
アリスはますますわけがわからなくなりましたが、ハトが話し終えるまでは、なにをいってもむだだな、と思いました。
「たまごをかえすだけでもいいかげん、たいへんだってのに」とハト。「おまけによるもひるも、ヘビがこないか見張ってなきゃなんない! この三週間、もうほんのちょっともねてないんだよ!」
「たいへんですねえ、おきのどく」アリスは、だんだんハトがなにをいいたいのかわかってきました。
「それで、やっと森のなかで一番高い木に巣をつくったばかりなのに」とハトの声があがってかなきり声になりました。「やっとあいつらから解放(かいほう)されたと思ったときに、空からくねくねふってくるんだから! まったくヘビときたら!」
「だからぁ、ヘビじゃないって言ってるでしょう!」とアリス。「あ、あ、あたしは― ―」
「ふん、じゃああんた、いったいなんなのさ!」とハトが言います。「なんかでまかせ言おうとしてるわね!」
「あ、あたしは女の子よ」とアリスは、ちょっと自信なさそうに言いました。今日一日で自分がなんども変わったのを思いだしたからです。
「もうチトじょうずなウソついたらどうよ」とハトは、ものすごくバカにした口ぶりで言いました。「女の子なら、これまでたくさん見てきたけどね、そんな首したのは、一人だって見たことないよ! いやいや、あんたヘビだよ。ごまかしたってダメだい。するとなんだい、こんどはたまごを食べたことないなんて言い出すんだろう!」
「たまごなら食べたことありますとも」アリスはとっても正直な子だったのです。「でも女の子だって、ヘビと同じくらいたまごを食べるのよ」
「信じるもんですか」とハトが言います。「でももしそうなら、女の子だってヘビの一種さね。あたしに言えるのはそんだけだよ」
これはアリスにしてみれば、まったく新しい考え方でしたので、一分かそこらはなにも言えませんでしたので、それをとらえて、ハトはこうつけくわえました。「あんたがたまごをさがしてるんだ、そこんとこはまちがいないね。だったらあんたが女の子だろうとヘビだろうと、あたしにゃなんのちがいもないだろが!」
「あたしにはかなりのちがいなの!」とアリスはすぐに言いました。「でも、あいにくとたまごなんかさがしてないもん。それにさがしててもあんたのなんかいらないわ。なまたまごはきらいだもの」
「だったらさっさと失せな!」とハトはつっけんどんに言って、また自分の巣にもどりました。アリスは、なんとかかんとか森のなかで身をかがめました。というのも首があちこちでえだにからまってばかりいたので、そのたびに止まってほどかなくてはならなかったのです。しばらくして、自分がキノコのかけらをまだ手に持っていたのを思いだして、とっても気をつけて作業にかかり、まずは片方をかじって、それから反対側を、というぐあいにして、ときどきは大きくなって、ときどきは小さくなって、やがてなんとかいつもの大きさにもどったのでした。
まともな大きさくらいになったのは、ずいぶんひさしぶりでしたので、かえってかなりきみょうな感じがしました。でも数分でそれになれて、いつものように一人ごとをはじめました。「わーい、これで計画が半分たっせいだぞ! こんなに変わるなんて、不思議よね! 毎分毎分、自分がなんになるのかちっともわかんない。でも、もとの大きさにはもどった、と。つぎはあのきれいなお庭に入ることね― ―それっていったいどうやったらいいだろ?」こう言ったとき、いきなりひらけた場所に出て、そこに高さ120センチくらいの小さなおうちがありました。「だれが住んでるのか知らないけど」とアリスは思いました。「こんな大きさでちかよるわけにはいかないわね。だって死ぬほどこわがらせちゃうわ!」そこでまた右手のかけらをかじりはじめて、身長25センチになるまで、けっしておうちには近づきませんでした。
6. ぶたとコショウ
一分かそこら、アリスはそのままおうちをながめていて、つぎにどうしようかと思っていると、いきなりお仕着せすがたの召使い(めしつかい)が、森からかけだしてきました― ―(それが召使い(めしつかい)だと思ったのは、お仕着せをきていたからです。さもなければ、顔だけみたらそれはおさかなだと思ったはず)― ―そしてげんこつでそうぞうしくとびらをノックしました。それをあけたのは、これまたお仕着せすがたのべつの召使い(めしつかい)で、丸い顔とおおきな目をしてカエルみたいです。そして召使い(めしつかい)二人とも、おしろいをまぶしたかみの毛をしていて、それが頭一面でカールをまいています。いったいなんのさわぎかな、とアリスはすごく知りたくなって、ちょっと森からしのび出ると、きき耳をたてました。
おさかな召使い(めしつかい)は、まずうでの下からおっきな手紙をとりだしました。自分とほとんど同じくらいおっきな手紙です。そしてこれを相手にわたしながら、おもおもしい口ぶりでこう言いました。「公爵夫人どのへ~、女王さまより~、クロケーのごしょうたい~」。カエル召使い(めしつかい)は、同じようなおもおもしい口ぶりでくりかえしましたが、ことばの順番をちょっと変えました。「女王さまより~、クロケーのごしょうたい~、公爵夫人どのへ~」
そして両方とも、ふかぶかとおじぎをして、するとカールがからまってしまいました。
アリスはこれを見てゲラゲラわらってしまって、きこえるのがこわくて、森にかけもどったほどでした。そしてつぎにまたのぞいてみると、おさかな召使い(めしつかい)はいなくなっていて、もう片方が、とびら近くの地面にすわって、ぽかーんと空を見あげています。
アリスはおずおずととびらのところへいって、ノックしました。
「ノックなんかしてもむだよーん」と召使い(めしつかい)が言いました。「わけは二つね。まずあたしがあんたと同じで、ドアのこっち側にいるもんねー。つぎに、中ではすんごいそうぞうしいもんで、だれもあんたのノックなんかきこえやしないのよーん」そしてたしかに、中ではまあとんでもない大そうどうになってるようです― ―だれかずっと泣きわめいてはくしゃみをして、しょっちゅうものすごいガシャーンというお皿かやかんがこなごなになったみたいな音がするのです。
「おねがい、そうしたら、あたしはどうやって入ればいいのかしら」とアリス。
「ドアがあたしたちのあいだにあったら、あんたがノックしても、ちょいとはいみがあるかもしれないけど」と召使い(めしつかい)は、アリスにかまわず先をつづけます。「たとえば、あんたが中にいたら、ノックすれば、あたしが出したげられるんだけどねぇ」こういいながら、かれはずっと空を見あげたままで、アリスはこれはどう考えても、失礼せんばんだと思いました。「でも、しかたないのかもね」とアリスはつぶやきました。「だってお目目があんな頭のすっごくてっぺんにあるんですもん。でもそれにしても、きいたら返事くらいすればいいのに。― ―どうやって入ればいいの?」と声にだしてアリスはくりかえしました。
召使い(めしつかい)は言います。「あたしゃここにすわってるわぁ、あしたになっても― ―」
このときおうちのドアがあいて、おっきなお皿がシュルルッと、めしつかいの頭めがけてとんできました。そしてその鼻をかすめると、うしろの木にあたってこなごなになりました。
「― ―ひょっとしてあさってになっても」と召使い(めしつかい)はまったく同じ口ぶりで、なにもおきなかったみたいにつづけました。
「どうやって入ればいいの」とアリスは、もっと大きな声でいいました。
「そもそもあんた、入っていいのかしらねえ?」と召使い(めしつかい)。「まずそれが問題、でしょう、ねえ」
たしかにそうです、まちがいなく。でもアリスは、そんなこといわれたくありませんでした。「まったく頭にきちゃうわよね、この生き物たちが口ごたえするのって。キチガイになっちゃいそうよ」
召使い(めしつかい)は、このすきに、さっきのせりふをちょっと変えてくりかえそうと思ったようです。「あたしゃここにすわってるわぁ、ずっとずっと、何日も何日もぉ」
「でもあたしはどうすればいいの?」とアリス。
「お好きなように」と召使い(めしつかい)は口ぶえをふきはじめました。
「ああ、こんなのと話をしててもしょうがないわ」とアリスはぜつぼうして言いました。「完全なバカじゃないの!」そしてとびらをあけるとなかに入っていきました。
とびらはすぐに大きな台所につづいていて、そこははしからはしまでけむりまみれでした。公爵夫人はまん中にある三きゃくいすにすわって、赤ちゃんをあやしています。コックは火の上にかがみこんで、スープでいっぱいらしいおっきなおなべをかきまぜています。
「たしかにあのスープはコショウ入れすぎ」とアリスはつぶやきました。くしゃみをしながらつぶやくのもたいへんです。
それが空気にたくさんまじりすぎているのはたしかでした。公爵夫人でさえ、ときどきくしゃみをしています。そして赤ちゃんときたら、ちょっとも間をおかずに、くしゃみ、なき、わめきをくりかえしているのでした。台所でくしゃみをしないのは、コックと、ろばたにすわっているおっきなねこだけでした。ねこは、耳から耳までとどくくらいニヤニヤしています。
「あの、教えていただけませんでしょうか?」とアリスは、ちょっとびくびくしながらききました。自分から口をひらくのが、おぎょうぎのいいことかどうか、自信がなかったのです。「なぜこちらのねこは、あんなふうにニヤニヤわらうんでしょうか?」
「チェシャねこだから」と公爵夫人。「そのせいだよ。ぶた!」
最後のひとことは、いきなりすごいあらっぽさだったので、アリスはほんとにとびあがってしまいました。が、すぐにそれが赤ちゃんに言ったせりふで、アリスに言ったのではないのがわかりました。そこでゆうきをだして、またきいてみました:― ―
「チェシャねこがいつもニヤニヤわらうとは知らなかったです。というか、そもそもねこがニヤニヤわらいできるって知りませんでした」
「みんなできるよ。で、ほとんどみんなしてる」と公爵夫人。
「あたしは、してるねこは見たことないんです」とアリスはれいぎ正しく言いました。やっと会話ができたので、とてもうれしかったのです。
「あんたはもの知らずだからね。まちがいないよ」と公爵夫人。
アリスはこの意見の調子がぜんぜん気にいらなかったので、なにかべつの話題にしたほうがいいな、とおもいました。なにか思いつこうとしているあいだ、コックはスープのおなべを火からおろして、すぐにまわりのものを手あたりしだいに、公爵夫人と赤ちゃんにむかってなげつけるしごとにとりかかりました― ―まずは火かきどうぐ。つづいて小皿、中皿、大皿の雨あられ。公爵夫人は、それがあたってもまったく無視していました。そして赤ちゃんは、もともとすさまじくわめいていたので、おさらがあたっていたいのかどうか、ぜんぜんわかりません。
「ああ、おねがいだから自分のやることに気をつけてよ!」とアリスはさけんで、怒ってかんしゃくをおこして、ぴょんぴょんとびはねました。「ほら、あのかわいいお鼻があんなことに」ちょうど、とんでもなくでっかなソース皿が赤ちゃんの鼻の近くをとんでいって、あやうくそれをもぎとるところでした。
「みんなが自分のやることだけ気をつけて、ひとごとに口出ししなけりゃ、この世はいまよりずっとずっとさっさと動くこったろうよ」と公爵夫人が、あらっぽいうなり声をあげました。
「それはぜったいに困ったことですよね」とアリスは、ちしきをひけらかすチャンスができて、とてもうれしく思いました。「昼と夜がかわって、すごくたいへんなことになるはずですもの! つまりですね、地球は一回まわるのに24時間かかって、昼と夜でおのおの― ―」
「おのといえば」と公爵夫人。「この娘(こ)の頭をちょんぎっちまいな!」
アリスはいささか心配そうにコックのほうを見ました。コックがいまのを本気にしたかな、と思ったのです。でもコックはスープをかきまぜるのにいそがしくて、きいていないようでしたので、アリスは続けました。「一日って24時間、だったと思うんですけど。それとも12でしたっけ? あたし― ―」
「あら、あたしになんかきかないでよ」と公爵夫人。「あたしゃ数字はぜんぜんにがてなんだからね!」それからまた子どもをあやしはじめ、いっしょになんだか子もり歌みたいなものをうたいだしました。一行うたうごとに、赤ちゃんをすさまじくゆさぶっています。
* * * * *
「ガキにはあらっぽい口きいて
くしゃみしやがったらぶんなぐれ
どうせいやがらせでするくしゃみ
こっちが怒るの知ってやがる」
合唱
(ここでコックとあかちゃんもいっしょに):–
「わぁ! わぁ! わぁ!」
* * * * *
公爵夫人は、歌の二番をうたいながら、赤ちゃんをらんぼうにポンポン投げています。そしてかわいそうな赤ちゃんがすごくわめくので、アリスはほとんど歌がきこえませんでした:― ―
* * * * *
「ガキにはきつい口をきく
くしゃみをしたらぶんなぐる
勝手なときにはコショウでも
しっかりきちんと味わうくせに!」
合唱
「わぁ! わぁ! わぁ!」
* * * * *
「ほれ、なんならあんたにもちょっとあやさせてやるよ!」と言いながら、公爵夫人は赤ちゃんを投げつけてよこしました。「あたしゃちょっと、女王さまとクロケーをするんでじゅんびがあるからね」そしてさっさと部屋を出てしまいました。コックは、その出ぎわにフライパンをなげつけましたが、おしいところではずれました。
アリスはずいぶんくろうして赤ちゃんをつかまえました。すっごくへんなかっこうの生き物で、あっちこっちに手足をつきだしてばかりいたからです。「ヒトデみたい」とアリスは思いました。かわいそうな子は、つかまえたときには蒸気機関車(じょうききかんしゃ)みたいみたいにフガフガ言っていて、しかもからだをまげたりのばしたりするので、そういうのがぜんぶあわさって、最初の一分かそこらは、かかえておくだけでせいいっぱいでした。
それをまともにあやすやり方がわかったので(ちなみに、それは赤ちゃんをひねって、いわばゆわえちゃって、そして右耳と左足をしっかりもって、それがほどけないようにしてやることだったんだけど)、アリスはすぐにそれを外につれだしました。「もしあたしがこの子をいっしょにつれてかないと、ぜったいに一日かそこらでころされちゃうものね。そんなところにのこしてったら、殺人でしょう?」ア
リスは最後のところを声に出していいました。すると生き物は、返事のかわりに鼻をならしました(このころには、くしゃみはやんでいたのです)。「鼻をならしちゃダメ。意見を言うのにぜんぜんちゃんとしたやりかたじゃないわよ」
赤ちゃんはまた鼻をならして、アリスはとっても心配になって、そのかおをのぞきこんでどうかしたのか見ました。まちがいなくこの子は、とっても上向きの鼻をしていて、人の鼻よりはブタの鼻ヅラみたいでした。それと、赤ちゃんにしては目がすっごく小さくなってきてます。ぜんぶあわせると、アリスとしてはこの子のようすがぜんぜん気に入りません。「でも、しゃくりあげただけかも」と思って目をのぞきこみ、涙がないかしらべました。
いいえ、涙はありません。「いい子だからね、ぶたになっちゃうなら、もうかまってあげませんからね!」とアリスはまじめに言いました。かわいそうな生き物は、またしゃくりあげます(あるいは鼻をならしたのか、どっちかはぜんぜんわかりません)。そして二人は、しばらくだまったままでいました。
「でもこの生き物をおうちにつれてかえったら、どうしてやったらいいんだろう」とアリスがちょうど思ったときに、そいつがまた鼻をならしました。それがすごくきょうれつで、アリスはびっくりしてその顔をのぞきこみました。こんどは、もうまちがえようがありません。それはまったくもってぶたそのものでした。だから、これ以上だっこしてやるのは、じつにばかげてる、と思いました。
そこでアリスはその小さな生き物を下におろし、するとしずかにトコトコと森にむかっていったので、ずいぶんホッとしました。「あれでおっきくなったら、しぬほどみっともない子どもになったでしょうね。でもぶたとしてなら、なかなかハンサムじゃないかな、と思う」そしてアリスは、知り合いのなかで、ぶたになったほうがうまくやっていけそうな子たちを思いうかべてみました。そして「もしちゃんとあの子たちを変えるほうほうさえわかれば― ―」とちょうどいったとき、何メートルか先の木の大えだに、あのチェシャねこがすわっていたので、アリスはちょっとぎょっとしました。
ねこは、アリスを見てもニヤニヤしただけです。わるいねこではなさそうね、とアリスは思いました。が、とってもながいツメに、とってもたくさんの歯をしていたので、ちゃんと失礼のないようにしないと、と思いました。
「チェシャにゃんこちゃん」とアリスは、ちょっとおずおずときりだしました。そういうよび名を気に入ってくれるかどうか、さっぱりわからなかったからです。でも、ねこはニヤニヤ笑いをもっとニッタリさせただけでした。「わーい、いまのところきげんがいいみたい」とアリスは思って、先をつづけました。「おねがい、教えてちょうだい、あたしはここからどっちへいったらいいのかしら」
「それはかなり、あんたがどこへいきたいかによるなあ」とねこ。
「どこでもいいんですけど― ―」とアリス。
「ならどっちへいってもかんけいないじゃん」とねこ。
「でもどっかへはつきたいんです」とアリスは、説明するようにつけくわえました。
「ああ、そりゃどっかへはつくよ、まちがいなく。たっぷり歩けばね」
アリスは、これはたしかにそのとおりだと思ったので、べつの質問をしてみました。「ここらへんには、どんな人がすんでるんですか?」
「あっちの方向には」とねこは、右のまえ足をふりまわしました。「帽子屋がすんでる。それとあっちの方向には」ともうかたほうのまえ足をふりまわします。「三月うさぎがすんでる。好きなほうをたずねるといいよ。どっちもキチガイだけど」
「でも、キチガイのとこなんかいきたくない」とアリスはのべます。
「そいつはどうしようもないよ。ここらじゃみんなキチガイだもん。ぼくもキチガイ、あんたもキチガイ」
「どうしてあたしがキチガイなんですか?」とアリス。
「ぜったいそうだよ。そうでなきゃここにはこない」とねこ。
アリスは、そんなのなんのしょうめいにもなってないとおもいました。でも、先をつづけます。「じゃあ、あなたはどうしてキチガイなの?」
「まずだね、犬はキチガイじゃない。それはいい?」
「まあそうね」とアリス
「すると、だ。犬は怒るとうなって、うれしいとしっぽをふるね。さて、ぼくはうれしいとうなって、怒るとしっぽをふる。よって、ぼくはキチガイ」
「それはうなるんじゃなくて、のどをならしてるっていうのよ」とアリス。
「お好きなように」とねこ。「女王さまときょう、クロケーをするの?」
「したいのはやまやまだけど。でもまだしょうたいされてないの」
「そこで会おうね」といって、ねこは消えました。
アリスはたいしておどろきませんでした。へんてこなことがおきるのに、もうなれちゃったからです。そしてねこがいたところを見ていると、いきなりまたあらわれました。
「ところでちなみに、赤ちゃんはどうなった?」とねこ。「きくのわすれるとこだった」
「ぶたになっちゃった」とアリスは、ねこがふつうのやりかたでもどってきたのとかわらない声で、しずかにいいました。
「だろうとおもった」ねこは、また消えました。
アリスはちょっとまってみました。ねこがまたでてくるかも、とおもったのです。が、でてこなかったので、一分かそこらしてから、三月うさぎのすんでいるはずのほうに歩きだしました。「帽子屋さんならみたことあるし、三月うさぎのほうがおもしろいわよね。それにいまは五月だから、そんなすごくキチガイでないかもしれない― ―三月ほどには」こういいながら、ふと目をあげると、またねこがいて木のえだにすわっています。
「ぶたって言った、それともふた?」とねこ。
「ぶた。それと、そんなにいきなり出たり消えたりしないでくれる? くらくらしちゃうから」
「はいはい」とねこ。そしてこんどは、とてもゆっくり消えていきました。しっぽの先からはじめて、最後はニヤニヤわらい。ニヤニヤわらいは、ねこのほかのところが消えてからも、しばらくのこっていました。
アリスは思いました。「あらま! ニヤニヤわらいなしのねこならよく見かけるけれど、でもねこなしのニヤニヤわらいとはね! 生まれて見た中で、一番へんてこなしろものだわ!」
ほんのしばらく歩くと、三月うさぎのおうちが見えてきました。まちがいないと思ったのは、えんとつが耳のかっこうをしていて、屋根が毛皮でふいてあったからです。あんまりおっきなおうちだったもので、左手のキノコをちょっとかじって、身長60センチくらいになってからでないと、近づきたくありませんでした。それでもなお、びくびくしながらちかづいて、その間もこう思っていました。「やっぱりすごくキチガイかも! やっぱり帽子屋さんのほうに会いにいけばよかったかなあ!」
7. キチガイお茶会
おうちのまえの木の下には、テーブルが出ていました。そして三月うさぎと帽子屋さんが、そこでお茶してます。ヤマネがそのあいだで、ぐっすりねてました。二人はそれをクッションがわりにつかって、ひじをヤマネにのせてその頭ごしにしゃべっています。「ヤマネはすごくいごこちわるそう。でも、ねてるから、気にしないか」とアリスは思いました。
テーブルはとてもおっきいのに、三名はそのかどっこ一つにかたまっていました。「満員、満員!」とアリスがきたのを見て、みんなさけびました。「どこが満員よ、いっぱいあいてるじゃない!」とアリスは怒って、そしてテーブルのはしのおっきなひじかけつきのいすにすわりました。
「ワインはいかが」と三月うさぎが親切そうに言います。
アリスはテーブル中をみまわしましたが、そこにはお茶しかのってません。「ワインなんかみあたらないけど」とアリス。
「だってないもん」と三月うさぎ。
「じゃあ、それをすすめるなんて失礼じゃないのよ」とアリスははらをたてました。
「しょうたいもなしに勝手にすわって、あんたこそ失礼だよ」 と三月うさぎ。
「あなたのテーブルって知らなかったからよ」とアリス。「三人よりずっとたくさんの用意がしてあるじゃない」
「かみの毛、切ったほうがいいよ」帽子屋さんはアリスをすごくものめずらしそうに、ずいぶんながいことジロジロ見ていたのですが、はじめて言ったのがこれでした。
「人のこととやかく言っちゃいけないのよ」とアリスは、ちょっときびしく言いました。「すっごくぶさほうなのよ」
帽子屋さんは、これをきいて目だまをぎょろりとむきました。が、言ったのはこれだけでした。「大ガラスが書きものづくえと似ているのはなーぜだ?」
「わーい、これでおもしろくなるぞ! なぞなぞをはじめてくれてうれしいな」とアリスは思いました。そして「それならわかると思う」と声に出してつけくわえました。
「つまり、そのこたえがわかると思うって意味?」と三月うさぎ。
「そのとおり」とアリス。
「そんなら、意味どおりのことを言えよ」と三月うさぎはつづけます。
「言ってるわよ」アリスはすぐこたえました。「すくなくとも― ―すくなくとも、言ったとおりのことは意味してるわ― ―同じことでしょ」
「なにが同じなもんか」と帽子屋さん。「それじゃあ『見たものを食べる』ってのと『食べるものを見る』ってのが同じことだと言ってるみたいなもんだ」
三月うさぎも追加します。「『もらえるものは好きだ』ってのと『好きなものがもらえる』ってのが同じだ、みたいな!」
ヤマネもつけくわえましたが、まるでねごとみたいです。「それって、『ねるときにいきをする』と『いきをするときにねる』が同じだ、みたいな!」
「おまえのばあいは同じだろうが」と帽子屋さんがいって、ここでお話がとぎれて、みんなしばらくなにもいわずにすわっていました。アリスは、大ガラスと書きものづくえについて、ありったけ思いだそうとしましたが、大して出てきません。
帽子屋さんが、まっ先にちんもくをやぶりました。「きょうって何日?」とアリスにききます。ポケットから時計をとりだして、それを困ったように見ながら、ときどきふったりしては、耳にあてています。
アリスはちょっと考えてから言いました。「四日(よっか)」
「二日(ふつか)もくるってる!」と帽子屋さんはためいきをつきました。そして、怒って三月うさぎをにらみつけました。「だからバターじゃダメだって言ったじゃねぇか!」
「最高のバターだったんだぜ」と三月うさぎは力なくこたえました。
「おぅ、でもパンくずがいっしょに入っちまったにちげえねぇ」と帽子屋さんはもんくをたれます。「おめぇがパンきりナイフなんかつかいやがるから」
三月うさぎは時計をうけとると、しょんぼりとそれをながめます。それからそれを自分のお茶にひたしてみてから、またながめました。でも、最初のせりふ以上のものはおもいつきませんでした。「最高のバターだったんだぜ」
アリスは興味(きょうみ)しんしんで、そのかたごしにながめていました。「ずいぶんへんな時計ね! 何日かわかるけど、何時かはわからないなんて!」
「そんなのわかってもしょうがねぇだろ」と帽子屋さん。「あんたの時計は、いまが何年かわかるのかぃ、え?」
「もちろんわかんないけど」とアリスは自信たっぷりにこたえます。「でもそれは、年ってかなりずっと長いことおんなじままだからよ」
「おれの場合もまさにおんなしこった」と帽子屋さん。
アリスはものすごく頭がこんがらがってきました。帽子屋さんの言ったことは、まるでなんの意味もないようですが、でもちゃんと文にはなってるのです。「どうもよくわからないみたいです」とアリスは、できるだけていねいに言いました。
「ヤマネのやろう、またねてやがる」と帽子屋さんは、ヤマネの鼻ヅラにちょっとあついお茶をかけました。
ヤマネはあわてて頭をふると、目をあけずにいいました。「いや、まったくまったく。おれもそう言おうと思ってたところ」
「なぞなぞはわかったかよ」と帽子屋さんは、またアリスに話しかけました。
「だめ、こうさん。こたえはなに?」とアリスはこたえました。
「さっぱり見当もつかない」と帽子屋さん。
「わしも」と三月うさぎ。
アリスはうんざりしてため息をつきました。「もう少しましに時間をつかったら? それを、答のないなぞなぞなんか聞いて、むだにしたりして」
「おれくらい時間と仲がよけりゃ、それをむだにするなんて言い方はせんね。やつだよ」
「なんのことやらさっぱり」とアリス。
「そりゃあんたにゃわかるめぇよ!」と帽子屋さんは、バカにしたようにみえをきりました。「どうせ、時間と口きぃたこともねぇんだろ!」
「ないかも」とアリスはしんちょうに答えます。「でも、音楽を教わるときには、こうやって時間をきざむわよ」
「おぅ、それだそれ、そのせいだよ」と帽子屋さん。「やつだってきざまれたかねぇやな。いいか、やつとうまいことやりさえすりゃあ、やつは時計がらみのことなら、ほとんどなんでも塩梅(あんばい)してくれらぁね。たとえば、朝の9時で、ちょうど授業の始まる時間だ。でもそこで時間にちょいと耳うちすれば、いっしゅんで時間がグルグルと! さあ午後一時半、ばんごはんの時間だよ!」
(「いまがそうならねえ」と三月うさぎは小声でつぶやいた。)
「そうなったら、なかなかすごいでしょうねえ、たしかに」とアリスは、考えぶかげにいいました。「でもそしたら― ―あたしはまだおなかがすいてないわけよねえ」
「最初のうちは、そうかもしんねぇけど」と帽子屋さんが言いました。「でも、いつまでも好きなだけ一時半にしとけるんだぜ」
「あなた、そんなことしてくらしてるんだ」とアリス。
帽子屋さんは、かなしそうに頭をふります。「おれはちがうよ。おれと時間は、こないだの三月に口論してさぁ― ―ちょうどあいつがキチガイになるちょっと前だったけどね― ―」(と三月うさぎを茶さじで指さします)「― ―ハートの女王さまがやった大コンサートがあって、おれもうたうことになったんよ」
* * * * *
「きらきらコウモリよ
おそらで謀(はか)る!」
* * * * *
知ってるだろ、この歌?」
「なんかそんなようなのは、きいたことある」とアリス。
帽子屋さんはつづけます。「それでさ、こんなふうにつづくじゃないか:
* * * * *
「世界のうえを
お盆(ぼん)の飛翔(ひしょう)
きらきら― ―」
* * * * *
ここでヤマネがみぶるいして、ねむりながらうたいはじめました。「きらきら、きらきら、きらきら― ―」そしてこれをいつまでもつづけたので、みんなでつねってなんとかやめさせました。
「うん、それでおれが歌の一番もうたいおわらないうちに、女王さんがとびあがって、ぎゃあすか言いやがってさ、『こやつ、ひょうしの時間をバラバラにしておるではないか! 首をちょん切れ!』
「まあなんてひどいざんこくな!」とアリスはさけびます。
「で、それからずっと、時間のやつったら、バラバラにされたのを根にもって、おれのたのみをいっこうにきいてくれやしねぇんだ。だからいまじゃずっと6時のまんまよ」
急にアリスはひらめきました。「じゃあそれで、お茶のお道具がこんなに出てるのね?」
「そ、そゆこと」と帽子屋さんはためいきをつきました。「いつでもお茶の時間で、あいまに洗ってるひまがないのよ」
「じゃあ、どんどんずれてくわけ」とアリス。
「ごめいとう。使いおわるとだんだんずれる」
「でも最初のところにもどってきたらどうなるの?」アリスはあえてきいてみました。
三月うさぎがわりこみました。「そろそろ話題を変えようぜ。もうあきてきたよ。このおじょうちゃんがお話をしてくれるのに一票」
「悪いんですけど、なにも知らないの」とアリスは、この提案にかなりびっくりして言いました。
「じゃあヤマネにやらせろ!」と二人はさけびました。「おいヤマネ、起きろってば!」そして両側から同時につねりました。
ヤマネはゆっくり目をあけました。「ねてないよぉ」と、しゃがれたよわよわしい声で言います。「おまえたちのせりふ、ぜーんぶきいてたよぉ」
「お話してくれよぅ!」と三月うさぎ。
「ええ、おねがい!」とアリスもたのみます。
帽子屋さんが言います。「それと、さっさとやれよ。さもねぇと、おわんないうちにねちまうだろ、おめぇ」
ヤマネはあわててはじめました。「むかしむかし、三人姉妹がいなかに住んでおりました。なまえは、エルシー、レイシー、ティリー。そしてこのいなか姉妹は、井戸のそこに住んでいまして― ―」
「なにを食べてたの?」アリスは、食べたりのんだりする質問に、いつもすごく興味(きょうみ)があったのです。
「とうみつを」とヤマネは、一分かそこら考えこんでからいいました。
「そんなこと、できるはずないわ」アリスはしずかにもうしました。「だって病気になっちゃうもの」
「まさにそのとおり」とヤマネ。「とっても病気でした」
アリスは、そんなとんでもない生き方ってどんなものか、想像してみようとしました。でもなぞが多すぎたので、つづけました。「でも、なんだって井戸のそこになんかに住んでたの?」
「茶ぁもっとのみなよ」と三月うさぎが、とってもねっしんにアリスにすすめました。
「まだなにものんでないのよ。だからもっとなんてのめないわ」アリスはむっと返事をします。
「ちょっとはのめない、だろ。なにものんでないなら、ゼロよりもっとのむなんてかんたんだぁ」と帽子屋さん。
「だれもあんたになんかきいてないわ」とアリス。
「ひとのこととやかく言うなってったの、だれだっけねぇ」と帽子屋さんは勝ちほこってききました。
アリスはなんとこたえていいかわかりませんでした。だからお茶とバターパンをちょっと口にして、それからヤマネにむかって質問をくりかえしました。「その子たち、なんで井戸のそこに住んでたの?」
ヤマネはまた一分かそこら、それについて考えてから言いました。「とうみつ井戸だったのです」
「そんなものあるわけないでしょう!」アリスは怒り狂って言いかけましたが、帽子屋さんと三月うさぎが「シイッ! シイッ」と言って、そしてヤマネはきつい口ぶりで言いました。「れいぎ正しくできないんなら、話のつづきはあんたがやってくれよ」
「いえおねがい、つづけてください!」アリスはつつましく言いました。「もうじゃまはしませんから。とうみつ井戸も、ひとつくらいならあるかも」
「ひとつくらい、だと!」ヤマネはおもしろくなさそうです。でも、先をつづけることには同意してくれました。「そこでこのいなか姉妹三人は― ―お絵かきをならってました。ほら― ―」
「なにをかいたの?」とアリスは、やくそくをすっかりわすれてききます。
「とうみつ」とヤマネは、こんどはぜんぜん考えずにいいました。
「きれいなお茶わんがほしーぜ」と帽子屋さんがわりこみます。「みんな一つずつずれろ」
そういいながら帽子屋さんが動いて、ヤマネがつづきました。三月うさぎがヤマネのせきにうごいて、アリスはいやいやながら三月うさぎのせきにつきました。動いてちょっとでもとくをしたのは、帽子屋さんだけです。そしてアリスはさっきよりずっと悪いせきになりました。三月うさぎが、ちょうどミルク入れをお皿にひっくりかえしたばかりのせきだったからです。
アリスは二度とヤマネのきげんをそこねたくなかったので、とても用心してきりだしました。「でも、わかんないんですけど。そのいなか姉妹って、どこからとうみつをかいたの?」
「水の井戸から水をかいだすののとおんなじだよぅ」と帽子屋さん。「だからとうみつ井戸からだってとうみつをかいだせるだろが― ―このバーカ」
「でも、そのいなか姉妹たちって、井戸の中にいたんでしょ?」アリスは、いま帽子屋さんのいったことは、むしすることにしてヤマネにききました。
「そうそう」とヤマネ。「だから井中(いなか)姉妹」
このこたえに、かわいそうなアリスはとてもまごついてしまって、ヤマネがつづけてもしばらくはわりこみませんでした。
ヤマネは、あくびをして目をこすりながらつづけます。「この子たちはお絵かきをならっていて、いろんなものをかきました― ―まみむめもではじまるものならなんでも― ―」
「どうしてまみむめも?」とアリス。
「なんかいけない?」と三月うさぎ。
アリスはだまりました。
ヤマネはこのあたりでそろそろ目を閉じて、うつらうつらしはじめていましたが、帽子屋さんにつねられて、またちょっとひめいをあげてとびおきて、先をつづけました。「― ―まみむめもではじまるものならなんでも― ―たとえば『まんじゅう』とか『みらい』とか、『むずかし』とか『めんどう』とか、『もう』とか― ―ほら、『もうたくさん』っていうでしょ― ―あんた、もうの絵なんて見たことある?
「さてさて、そう言われてもあたしだってそんなこと」とアリスは、頭がすごくこんがらがって言いました。「いままで考えたこともないし― ―」
「じゃあだまってな」と帽子屋さん。
この無礼さかげんには、もうアリスはがまんできませんでした。思いっきり顔をしかめて立ちあがり、歩きさっていきました。ヤマネはすぐにねてしまい、ほかの二人はどっちも、アリスがいっちゃってもまるで気にしませんでした。アリスのほうは、一、二回ほどふりかえって、もどってこいと言ってくれないかな、とちょっと思ったりもしたのですが。最後にふりかえったとき、二人はヤマネをお茶のポットにおしこもうとしていました。
「どうしたって、もうにどとあそこにはもどりませんからね!」とアリスは、森の中の道をすすみながら言いました。「生まれてから出たなかで、いっちばんばかばかしいお茶会だったわ!」
こう言ったとき、木の一つに中に入るとびらがついているのに気がつきました。「あらへんなの。でも今日って、なにもかも変よね。だからこれも入っちゃおう」そして入ってみました。
きがつくと、アリスはまたもやあのながい廊下にいて、近くにはあの小さなガラスのテーブルもあります。「さて、こんどはもっとうまくやるわ」とつぶやいて、まずは小さな金色の鍵をとって、お庭につづくとびらの鍵をあけました。それからキノコをかじりだして(かけらをポケットに入れてあったのです)、身のたけ30センチくらいにしました。それから小さな通路を歩いてぬけます。そしてやっと― ―ついにあのきれいなお庭にやってきて、あのまばゆい花だんやつめたいふん水のあいだを歩いているのでした。